練馬駅の北口から出て、近代的な建物の区民プラザを横目にアートカフェへの道を歩いていくと、だんだんと町の風景がゆらいでいき、どこか昭和への郷愁を感じさせる景観がたち現れる。散歩には最高のロケーションだ。そして、今は多少寂れてしまっている商店街の一角に、その小さなアートカフェはあった。入り口はわかりにくいが、プリミティブなペンギンの人形が目印になっている。
入るとカウンターがひとつあるこじんまりとした店内で、壁に窪田さんの作品が並べられている。約束をしていた、気の合う者であつまったサークルの、でもお互いのことをそれほど知っているわけではない仲間たちはすでに店に到着している。
仲間たちや、センスのいい店主の女性と軽い談笑を交わしながら、作品を見ていく。そして、カウンターに座り、店自慢のコーヒーや健康にも気を使っていそうなスープを口に運びながら、居心地の良い空間とおしゃべりを愉しんだ。
「僕は窪田さんの作品に独特なアンニュイさと生命の力強さを感じるんだ」
「そうだね、僕もそう思うよ、彼女作品は単なるアブストラクトじゃなくて、無意識に形成された物語を感じる、これは君が言っている事と同じかもしれないけど」
「同じだなんてことはないさ、みんな違う」
「そうかもしれない」
「なぜ彼女は豆イカを描くのかな、そんなことを考えるのは無意味かもしれないけど」
「豆イカは彼女にとって不安定な人間や世界を象徴する、ひとつのメタファーなのさ」
「豆イカは海のUFOだね」
「君と意見が合ったのは久しぶりじゃないかな。そういえば、僕らの今度の同人誌の特集は『宇宙<そら>から来ないUFO』で、海のUFOについても触れていたよね」
「ああ、そうだったね、オンラインでも注文できるようにしてあるから、いろんな人に読んでほしいね。アドレスは忘れてしまったけど」
僕らは、今やあまり真面目に振り返られることのない空飛ぶ円盤やUFOの同人誌をつくっている仲間だ。その同人誌の表紙や挿絵をいつも描いてもらっているのが窪田さんだった。僕と彼女とはソーシャルネットワークの殺伐とした言葉の海の中で会って、卒業したデザイン学校などに共通点があったこともあって親しくなった。緻密にボールペンで描き込まれた現在の作品は、この同人誌の雰囲気とよく合っていて、評判もよい。同人誌ならどれもそうだろうが、さほど売れることもなく原稿料すら払えないこの同人誌にあって、圧倒的なオリジナリティとクオリティを持つ彼女の作品をつかえることは贅沢で、それはこの同人誌のひとつの価値となっている。
この豆イカのシリーズを描きだしたのも、知り合ってからだと思う。僕たちの同人誌が何らかの良い影響を与えているのならよいのだが。そんなことを話す。
他のお客さんが来たこともあって、カウンターから立ち上がってまた作品を眺める。今度は近寄ってじっくりと。細部を切り取ったとしても作品として成立するのではないかと思えるほどの緻密さにあらためて驚くとともに、しっとりとした世界につつまれていく。そこは確かに、手の届かない場所にあるようでいて、実はとても近くにあるのかもしれない、あるかも知れないどこかだった。
窪田まみさんの初個展は今月28日まで。詳細はコチラから
(じゅ、重大な間違いをシレっと修正しました)